大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(ネ)362号 判決 1988年3月29日

控訴人(亡髙橋米久承継人) 髙橋喜久枝

<ほか一一名>

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 岸巌

同 田中喜代重

被控訴人 武蔵野市

右代表者市長 土屋正忠

右訴訟代理人弁護士 中村護

同 関戸勉

同 町田正男

同 伊東正勝

同 林千春

同 池田利子

同 安井規雄

同 古川史高

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴人らの当審における新たな請求をいずれも棄却する。

三  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人髙橋喜久枝に対し金七六一万六〇〇〇円、その余の控訴人ら各自に対し金六九万二三六三円及び右各金員に対する昭和五三年九月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文第一、第二項同旨。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示中「第二 当事者の主張」欄(原判決二枚目表八行目冒頭から同一二枚目裏五行目末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人ら

(主位的主張の付加、訂正)

1  原判決二枚目表九行目「原告」を「亡髙橋米久(以下「亡米久」という。)」と改め、以下「原告」をすべて「亡米久」と改める。

2  同六枚目表六行目「報導」を「報道」と改める。

3  同九枚目表二行目の次に改行し、「9」として次のとおり加える。

「9 亡米久は、昭和六一年六月一三日死亡し、控訴人らが別紙相続表記載のとおり、その権利義務を相続した。」

4  同九枚目表三行目冒頭から同六行目末尾までを次のとおり改める。

「10 よって、控訴人らは被控訴人に対し、主位的に不当利得の返還として、控訴人髙橋喜久枝に対し金七六一万六〇〇〇円、その余の控訴人ら各自に対し金六九万二三六三円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年九月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

5  同一二枚目裏五行目の次に改行し、「9」として次のとおり加える。

「9 同9の事実は認める。」

(予備的主張・当審における新たな請求の請求原因)

1  本件指導要綱に基づく行政指導(以下「本件行政指導」という。)の違法性

(一) 本件行政指導は制度自体が違法である。

(1) 行政指導には、助言的行政指導と規制的行政指導とがある。前者は、一般的に相手方の利益のために行われ、その自由、権利を規制するものではないから、法律の根拠を必要としない。しかし、後者は、仮に相手方の同意と協力のもとに行われる建前になっていても、実質上行政庁が、その優越的地位を背景にして、相手方の自由を抑制し、事実上その指示に従わせようとするものである。したがって、規制的行政指導が法律の根拠に基づかずになされるとすると、行政機関がその権力を恣意的に行使することによって、国民の権利、自由が不当に侵害されるという事態の生ずる恐れが大きく、これを放置すれば、憲法の法治主義の精神は空洞化することになる。規制的行政指導は、法律の根拠、その授権に基づいてのみ許容される。

ところで、本件行政指導は、条例や規則と異なり、正規の法規範ではない。一方右要綱に基づく本件行政指導は、明らかに規制的行政指導であるから、その指導の制度自体が違法である。

(2) 本件指導要綱は、その細則をもって、事業主は被控訴人に対し、事前協議をしたうえで、審査のための事業計画審査願及び事業計画承認願を提出しなければならない旨規定する(同細則2条、4条)。しかも、その書面については所定の様式が定められ、かつ、寄付願等の書面を添付しなければならないとされている。そして右寄付願等の添付されない申請は、被控訴人の担当部署である建設部計画課において、その受理を拒否される建前になっていた。のみならず、本件指導要綱には、前記のとおり、所定の教育施設負担金を納付しない場合には、給水等を制限するための措置を採ることがあるとまで定められていた。

してみると、本件指導要綱は、実質的には被控訴人が事業主の自由、権利を制約し、事実上これを服従させるための根拠となってきたものであり、法規とまったく変わらない性質を持ち、かつ、現実にも変わらない役目を果たしてきた。

地方自治法一四条二項は、「行政事務の処理に関しては、法令に特別の定めがあるものを除く外、条例でこれを定めなければならない。」と規定し、また同法二四四条の二の第一項は、「公の施設の設置及びその管理に関する事項は、条例でこれを定めなければならない。」と定めている。本件指導要綱は、「無秩序な宅地開発を防止し、中高層建築物による地域住民への被害を排除するとともに、これらの事業によって必要となる公共・公益施設の整備促進をはかるため」(同要綱1条)にもうけられたものであり、本来的に条例により定めなければならない内容を有している。

したがって、本件指導要綱は形式的にも違法というべきである。

(3) 建築基準法、都市計画法等の関係諸法規は種々の建築基準を定めている。しかし、逆に建築主は関係諸法令による基準を遵守する限り、憲法の保障する財産権の内容として、自由に建物を建築することができるのであり、行政庁もこれを尊重しなければならない。

したがって、建築主は、建築基準法六条一項の規定するとおり、「その計画が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合するものである」場合には建築確認を受ける権利を有するものであり、かつ、建築主事は、建築主より適法な建築確認申請がなされた場合には、これを受理し、速やかに同条三項、四項で要求されている措置を採る法律上の義務があるといわなければならない。

ところが、本件指導要綱及びこれに基づく本件行政指導によると、建築主は、まず被控訴人と事前に協議したうえ、前記のとおり、寄付願等を添付した事業計画審査願を提出して被控訴人の審査を受け、更に、事業計画承認願を提出して、その承認も受けたうえでなければ、建築主事に対し、建築確認申請書を提出しても、受理してもらえないことになっていた。

これは、被控訴人が、本件指導要綱を実施するに当たり、東京都の各関係機関に対して、協力を依頼し、右依頼を受けて、東京都が前記計画承認願が添付されていない建築確認申請書は受理しないよう行政指導をしてきたためである。以上のように、本件指導要綱、これに基づく被控訴人の本件行政指導及びこれを受けた東京都の行政指導は、制度自体として違法というべきである。

(二) 本件行政指導は、法律上の根拠なしに、「教育施設負担金」の名目で金銭の提供を強制するものであり、違法である。

(1) 本件指導要綱に基づく「教育施設負担金」は法令の根拠に基づくものではなく、これを納付するかどうかは、関係各人の自由な意思に委ねられる性質のものでなければならない。行政指導による教育施設負担金の要求が許されるとしても、右指導は、形式も、運用も、あくまで「相手方の自由な意思の発動を妨げない。」ものでなければならない。

ところが、本件指導要綱によると、前記のとおり、一定の基準で算出した教育施設負担金を納付しなければ、結局建築確認申請は受理されない仕組みとなっていたばかりか、教育施設負担金の納付を拒否すれば、給水等の制限措置をとられる場合があることになっていた。

してみると、本件指導要綱は、およそ相手方の自由な意思の発動を促すものとはいい難く、むしろ負担金を強制徴収するものというべきであり、これは憲法四一条や地方自治法一四条の規定に明らかに反するものである。

(2) また、憲法八四条は、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と規定するところ、これを受けて、地方自治法二二三条は、「普通地方公共団体は、法律の定めるところにより、地方税を賦課徴収することができる。」旨定めている。そして、土地及び建物等の固定資産に対して課税する固定資産税は、その固定資産の所在する市町村において、固定資産の所有者から徴収することになっている(地方税法三四二条、三四三条)。

ところで、被控訴人が、本件指導要綱によって規制する宅地開発事業の対象は、いずれも土地建物であって、被控訴人が課税権を有する課税客体であり、被控訴人において固定資産税を徴収することができるものである。

しかるに、被控訴人は、前記のとおり、本件行政指導によって教育施設負担金の支払を事実上強制してきた。これは実質的には固定資産税の二重課税であって、租税法律主義に違反するものである。

被控訴人は、教育施設負担金を徴収するに当たり、指導要綱の形式をもってこれを定め、かつ、事業主が任意に寄付行為をすることにして、国の法令との抵触を避けたものである。しかし、一方で被控訴人は、本件指導要綱には法規範性があると主張し、実質的には右要綱を強制力あるものとして運用してきた。

(3) また、地方財政法四条の五は、「地方公共団体は、他の地方公共団体又は住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、寄付金を割り当てて強制的に徴収(これに相当する行為を含む。)するようなことをしてはならない。」と規定している。

前記教育施設負担金は、被控訴人が事業主に対し、本件指導要綱に基づいて、機械的に算出された金額を割り当て、実質上の許認可権と給水等の制限措置という制裁措置にからめて強制的に徴収するものであり、地方財政法の右規定に違反するものである。

(4) 次に、地方財政法二七条の四は、「市町村は、法令の規定に基づき当該市町村の負担に属するものとされている経費で政令で定めるものについて、住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、その負担を転嫁してはならない。」旨規定している。

そして、地方財政法施行令一六条の三によると、市町村が住民にその負担を転嫁してはならない経費は、市町村の職員の給与に要する経費並びに市町村立の小学校及び中学校の建物の維持及び修繕に要する経費である。

本件指導要綱に基づいて、被控訴人が控訴人ら事業主から納付させた教育施設負担金は、正しく右経費として使用されたのである。したがって、本件指導要綱に定める教育施設負担金の徴収は、違法といわなければならない。

(5) 市町村は、その地域内の宅地開発に伴い必要となる道路、水路等一定の公共施設の整備に要する費用に充てるため、宅地開発者に宅地開発税を課することができるが、その賦課については条例で定めることとされている(地方税法七〇三条の三)。教育施設負担金は、本来条例を制定して宅地開発税として徴収すべきものであるのに、これを本件指導要綱に基づく行政指導によって強制的に徴収したものであるから、租税法律主義に反し、条例に基づく徴収を潜脱した脱法行為であって、違法である。

2  控訴人らの損害

亡米久は前記のように、被控訴人の計画課の課長中島及び同課の担当職員高橋らの、本件指導要綱に基づく違法な行政指導により、本来支払義務のない教育施設負担金の支払を強要され、昭和五二年一一月二日一五二三万二〇〇〇円を支払い、もって右金員相当額の損害を被った。

控訴人らは主位的請求原因9で主張したように、亡米久の権利義務を承継した。

3  被控訴人の責任

当時の被控訴人の市長後藤喜八郎の指揮監督のもとに、中島及び高橋らが実施した本件指導要綱に基づく亡米久もしくはその代理人鈴木及び同倉内らに対する前記行政指導は、地方公共団体である被控訴人の公権力の行使であり、それによって亡米久の被った損害については、国賠法一条一項により、被控訴人がその賠償義務を負うべきものである。

4  よって、控訴人らは被控訴人に対し、予備的に国賠法一条一項に基づく損害賠償として、控訴人高橋喜久枝に対し七六一万六〇〇〇円、その余の控訴人ら各自に対し六九万二三六三円及び右各金員に対する弁済期後である昭和五三年九月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被控訴人

控訴人らの予備的主張については、控訴人らの相続についての主張を認める他はすべて争う。以下に述べるとおり、本件行政指導は適法である。

1  亡米久の本件指導要綱に基づく申請

亡米久からの本件指導要綱に基づく申請手続は、何らの異議等もなく、円滑になされた。その過程は次のようなものであった。

すなわち、亡米久の代理人倉内と市の担当者との間で事前打ち合わせがされた後に、昭和五二年七月二〇日事業計画審査願が提出され、同月二五日に開催された宅地開発等審査会の事業計画審査を経て、同月二六日から翌八月一日までの間各課との協議がなされ、同月五日教育施設負担金の寄付願が添付された事業計画承認願が提出され、同月二五日の宅地開発等審査会において承認され、同年一一月二日本件寄付金が納入された。

その間倉内や亡米久から、右手続や教育施設負担金等について、異議は勿論、質問すらされたことはない。ただ同年一〇月二六日亡米久が右倉内とともに中島を訪ね、右負担金の分割払いを申し出たことがあるのみである。

2  本件指導要綱とこれに基づく行政の性質

本件指導要綱とこれに基づく行政には、なんら強制力はなく、あくまで事業主に任意の履行を求めるに過ぎない。

なるほど、本件指導要綱は、運用の細目を規定し、教育施設負担金についても、学校建設費と発生人口との割合に従って、その金額を算出している。しかし、本件指導要綱の目的は、住環境の保護、住民、事業主間の紛争防止等であって、右目的達成のためには、公平性、基準の明確化、合理性の確保等が要請される。教育施設負担金の額が定型的に算出されるとしても、それは右要請に基づくものであり、行政指導はあくまでも任意の範囲内で行われるのである。承認願が受理されず、または不承認になったとしても、直ちに建築できない等の権利制限を伴うものではない。

次に東京都の建築指導主事と本件行政指導との関係も、強制とは関わりがない。武蔵野市は東京都の建築関係の諸機関に対して、「本件指導要綱による指導を受けずに建築確認申請等がなされた場合には、これを受けてくるように指導されたい。」との依頼をしたが、それは協力要請に過ぎず、国民の権利に制限を加えたり、国民に義務を課すまでに至るような強制の契機を有しているものではない。そして、東京都の関係機関もこれを尊重して、行政指導をしてきたが、それはあくまで東京都の行政指導として、その独自の判断においてなされてきたものであり、その指導も任意の履行勧告に過ぎず、これに従わないとしても、建築確認を保留することはできない。現に昭和五〇年、同五一年の山基建設の建築確認申請については、本件指導要綱による承認がなくとも、都の建築指導主事は建築確認をしたのである。

また、本件指導要綱の五―二の給水等の制限措置が発動されたのも、前記山基建設の二件の建築の場合のみであって、それらはマンション建築による付近住民の日照等の被害が著しく、住民との紛争も激しく、事態を収拾する目処がついていなかったためである。いずれにしても教育施設負担金の未納とは関係がない。山基建設以外の事業者は、亡米久も含め、本件指導要綱に基づく任意の協力を、異議なくしてきたのである。なお、亡米久は、被控訴人市の農業委員も務めた名士であり、本件指導要綱の制定経過も、運用の実体も熟知していたものであって、そのうえでこれに協力したものである。

3  控訴人らの主張に対する反論

(一) 憲法二九条二項、建築基準法六条等との関係

被控訴人が、東京都の各関係機関に対して、本件指導要綱を遵守するように指導してもらいたいと求めても、それはあくまで協力を要請したものに過ぎず、被控訴人は建築主に対して行政指導できる立場にはない。それをするのは、あくまで東京都の関係機関であって、被控訴人とは別の独自の判断によって指導しているのである。事実としても、前記のとおり山基建設が問題のマンションを建築するについては、本件指導要綱によることなく、東京都の建築主事が建築確認をしている。本件指導要綱による行政指導が、建築主の建築の自由を法令の範囲を越えて侵害することにはならない。特に亡米久の本件申請手続については、なんら問題となることもなく、もとより給水等の制限措置が採られることもなかったのである。

(二) 憲法二九条三項、四一条、地方自治法一四条との関係

被控訴人の東京都の関係機関に対する協力要請が、本件指導要綱を強制するものでないことは前記のとおりである。給水等の制限措置も、発動されるのは住民と事業者との紛争が激しい場合で、給水することが紛争を激化させるなどやむを得ない場合に限られ、教育施設負担金の未納について、これを発動したことはない。

本件指導要綱そのものは勿論その指導の実際の場においても、強制の契機はなんら存しない。特に本件の場合、他のそれより以上に何らの問題もなく、手続は円滑に進められ、寄付金も支払われたものである。

(三) 憲法八四条との関係

教育施設負担金の納付は任意の寄付であり、なんら強制の契機はなく、また、寄付の目的・趣旨も、固定資産税のそれとはまったく異なる。

被控訴人が、本件指導要綱に一種の法規範性があるというのも、本件指導要綱がその内容において、合理性を有し、かつ長年にわたり多くの事業主により支持・遵守されてきたという実体を表現したものに過ぎない。

(四) 地方財政法四条の五との関係

教育施設負担金の寄付は、本件指導要綱及びその細則、運用基準に定められているとおり、一定の規模以上の建設等の開発事業を行う事業者に対してのみ適用され、かつ任意に納付されるものを受けるのであるから、一律に地域住民に寄付を割当て、これを強制的に徴収することを禁ずる地方財政法四条の五の規定の趣旨とはその性質を異にする。右規定は、多数の住民に対して、一律に寄付を強制徴収することを禁止しているのであり、特定の目的の下に、特定の対象者より任意に寄付を受けることまで禁止しているものではない。

亡米久は、被控訴人市の農業委員もした名士であり、本件指導要綱の趣旨・内容を熟知して、むしろ進んで寄付をしたものであり、それは強制徴収には当たらず、右規定に触れるものではない。

(五) 地方財政法二七条の四との関係

教育施設負担金は、マンション等の急増による学齢人口の増加に対応する新たな教育施設の取得に要する費用に関するものであって、小中学校の維持・修繕に要する費用そのものは含まず、また現実に納付を受けた寄付金がそれらに支出されたこともない。

(六) 地方自治法一四条二項、二四四条の二第一項との関係

本件指導要綱はあくまで行政指導のための準則に過ぎず、これによる行政も指導に過ぎないのであり、事業主の権利自由をなんら制限するものではない。本件指導要綱に定める事項が地方自治法一四条二項の行政事務に該当しないことは明らかである。

また、本件指導要綱に定める公共・公益施設の整備促進が、同法二四四条の二第一項の「公の施設」の設置及び管理に関する事項でないことも明らかである。すなわち、教育施設負担金の対象となる学校施設についていえば、学校そのものの設置及び管理に関する事項は、既に地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条一項、二四条三項、二八条等に定められているところである。教育施設負担金は、右の学校そのものの設置や管理に関する事項とは関わりがないことは明らかである。

(七) 地方税法七〇三条の三との関係

宅地開発税は、宅地開発そのものの構成物または当然必要となる道路、水路等宅地開発のために必要最小限のものを対象としている。教育施設負担金は、右の範疇外のものであって、右宅地開発税をもってしては現実の開発行為に対処できない急激な行政負担が生ずるため、これに対処するために生まれたものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  当裁判所も、控訴人の主位的請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は次のとおり、付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由説示(原判決一三枚目裏一〇行目冒頭から同二九枚目裏六行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一四枚目裏一行目「原告が」を「亡米久が」と改め、以下の各「原告」の記載をすべて「亡米久」と、同六行目「原告らは」を「亡米久は」と(「ら」を削除)それぞれ改める。

2  《証拠訂正省略》

3  同一五枚目裏六行目冒頭「かえって」から同一六枚目表五行目末尾「認められる。」までを次のとおり改める。

「かえって、前記第一項の争いのない事実、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。」

4  同一六枚目表七行目「事前打合わせをした倉内から、」を「事前打合わせをし、かつ、武蔵野市内において建築の設計監理を数多く手がけ、本件指導要綱制定後においても、それが適用される建物等一〇数件の設計監理の委託を受けて、右要綱の趣旨やその実施の状況を熟知していた新建築事務所の代表者倉内から、」と改める。

5  同一六枚目裏二行目「ことになっていたので、」を「ことになっていたし、被控訴人市の農業委員を務めたこともあり、これまでにも多額の税金を納付してきていたので、」と改める。

6  同一七枚目表七行目「翌一〇月二五日」を「同年一〇月二五日」と改め、その前に次のとおり加える。

「同年九月一九日被控訴人はその旨を亡米久らに通知し、その後東京都の関係機関の建築確認の手続は進捗し、」

7  同一七枚目裏一、二行目「丁重にことわられた。」の次に以下のとおり加える。

「なお、本件指導要綱が施行されてから、実際にそのような実例はなく、中島は右指導要綱実施の実状にしたがって控訴人の申出をことわったものであり、右折衝はごく短時間で終了した。」

8  同一八枚目表四行目、同六行目、同九行目の各「要項」を「要綱」と改め、同末行「証人倉内成彬、同高橋茂」を「原審及び当審証人倉内成彬、原審証人高橋茂」と改める。

9  同一九枚目表六行目「証人倉内成彬」を「原審及び当審証人倉内成彬」と、同裏一行目「報導」を「報道」とそれぞれ改める。

10  同一九枚目裏七行目冒頭「前第一項の」から同二〇枚目裏四行目末尾「次の事実が認められる。」までを次のとおり改める。

「前記第一項及び第二項1の各事実、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。」

11  同二一枚目裏三行目、同二四枚目裏一〇行目の各「快的」を「快適」とそれぞれ改める。

12  同二七枚目裏九行目の末尾に「その後右市長は、昭和五九年二月二四日、東京地方裁判所八王子支部において罰金一〇万円に処せられたが、同人は右判決に控訴を申し立てたところ、昭和六〇年八月三〇日、東京高等裁判所はこれを棄却する判決を言渡した。」を加える。

13  《証拠訂正・削除省略》

14  同二八枚目裏一〇行目「懇請」を「打診」と、同末行「拒絶されるや」を「受け入れられなかったので」とそれぞれ改める。

15  同二九枚目表四行目「承認を得た後、」の次に「更に同年一〇月二六日倉内とともに市役所を訪ね、中島と会って、教育施設負担金の減免、延分納を申し出たが、前例がないとしてことわられたこと、そこで」を加える。

16  同二九枚目表九行目「負担金を」から同一〇、一一行目「いうのが」までを「負担金の減免は困難であり、その支払いをめぐって問題が生ずると、本件建物の建築工事の着工の時期に影響が及び、右減免に固執すれば、工事の開始が更に遅れるなどの問題が生ずるかもしれず、それよりは、他の事業主と同様に、教育施設負担金を支払って工事に着工し、三月までに確実にこれを完成させたいというのが」と改める。

二  そこで予備的請求について判断する。

1  本件指導要綱制定のいきさつ、その内容の骨子は、さきに認定したとおりであるが、なお右請求と関係する範囲でその内容について検討する。

(一)  前認定の事実(付加、訂正、削除のうえ引用した〔以下同じ〕原判決理由第一項、第二項2の(一)ないし(四))及び《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。

本件指導要綱は、① 宅地開発事業でその規模が一〇〇〇平方メートル以上のもの、② 中高層建築物の建設事業でその高さが一〇メートル以上のものに適用され、その事業内容の事前公開、公共施設等の設置、提供及びその費用負担、日照障害について市と事前協議のうえその審査を受けること、日照被害住民の建物建設についての同意、事業によって生じた損害の被害補償、本件で問題とされている教育施設負担金の寄付、要綱に従わないものに対する給水等の制限措置などを定めたものであって、その具体的な内容は以下のとおりである。

(1) 事業区域内における一定の道路は、事業主が整備のうえ、市に無償で提供する。更に、その幅員、路面排水、側溝等の形式も一定のものでなければならず、事業主は右道路用地、付属工作物を無償で提供するものとする。

(2) 事業主は、開発面積が三〇〇〇平方メートル以上の場合には、一定の割合(六パーセントから一〇パーセント)による公園、緑地を設けなければならない。

(3) 上下水道については、事業主の費用負担において、市が施行し、又は市の指示にしたがって事業主が施行し、その施設は市に無償で提供する。

(4) 建設計画が一五戸以上の場合には、事業主は建設計画戸数一九〇〇戸につき小学校一校、同四二〇〇戸につき中学校一校を基本として、市が定める基準により学校用地を無償で提供し、又は用地取得費を負担する。その額は建設計画戸数一五戸ないし一一三戸の場合、一戸につき五四万四〇〇〇円とする。

(5) 事業主は、市の指示により、消防施設、ごみ処理のための集積処理施設、街路灯、防犯灯等の安全施設を設置、整備し、駐車用地を確保するものとする。

(6) この要綱に従わない事業主に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある。

(二)  また、《証拠省略》によると、本件指導要綱は、宅地開発等を行う事業主に対し、必要な行政指導を行うため、その指針を与えるという性格のものではあるが、個々の規定の文言は、事業主に対し一定の義務を課する法規範と同様の形式を採っているばかりでなく、その内容も、拠出する金額、土地の面積等が選択、裁量の余地のないほど具体的に定められていることが明らかである。

(三)  以上の本件指導要綱の内容によると、右要綱は、建築基準法、都市計画法等の領域にとどまらず、道路、上下水道、消防、ごみ処理、更には教育施設までも含んだ、土地開発に際し通常生じ、市民の権利義務と直接関わりのある諸問題を、広範囲に指導の対象としたもので、教育施設負担金を始め諸費用の負担についてまで規定しており、しかも、右負担金等は、前記のとおり、一定の割合により算出されたり、市の指示に従う形式を採っているのであって、右要綱の文言のみからは、右負担金等が、事業主の自発的な、任意の意思による寄付金の趣旨で規定されていると認めるのはかなり困難であるといわざるを得ない。

2  そこで、更に本件指導要綱の運用の実際等について検討する。

(一)  前認定(特に原判決理由第二項2の(四)ないし(六))のとおり、本件指導要綱は、市との事前協議、審査会の承認、建築確認手続についての東京都の協力などと相俟って、広範囲に適用され、右要綱に従うことのできない事業主は、事実上開発を断念せざるを得なくなり、山基建設の事例を除いては、右要綱はほぼ一〇〇パーセント遵守される結果となった。なお、本件指導要綱の制裁措置である給水等の制限措置が適用されたのも、日照被害を被る住民の同意及び教育施設負担金について、これに従わなかった山基建設の事例のみであった。かくして、昭和四六年一〇月一日の本件指導要綱制定以来、同五四年七月三一日までの間に、総申請件数四〇五件中、本件指導要綱に従って三三二件の建物建築等が承認され、五八件は申請を取り下げ、一五件が保留される結果となった。そのほか、住民との協議、審査会の勧告等を容れ、設計を変更等して、事業に着工したものも相当数に上った。なかでも、教育施設負担金については、減免は勿論、延納または分納の例もなく、前記山基建設すら、裁判所の和解において、寄付金であることを明示して、右負担金相当額を支払う旨約束せざるを得なかったし、教育施設負担金として納付された総額は五億円余にのぼった。

(二)  そして、前記認定(特に原判決理由第二項2の(一)、(二)、(四)及び(五))及び《証拠省略》によると、本件指導要綱がそのような実効性を有した事情としては、被控訴人市の都内でも屈指の住居地としての環境が、開発行為により、破壊の危機に直面し、市民の多数が何らかの対応を求めていたところ、法の未整備から、これを適切に規制する方法がなかったため、市民の右要望に添って、市議会の全員協議会の審議を経て本件指導要綱が制定されたものであり、したがってこれを受けた被控訴人市のみならず市民自身も、その実施に強い熱意をもっていたこと、被控訴人市が、生活環境の破壊に対応し、諸施設を設置、拡充していくためには、財政上資金不足であり、前記教育施設負担金等がその不足分に充てられ、その他本件指導要綱上事業主の出捐とされた分はすべて公の目的のために使われることも明らかであったこと、また事業主の側としても、右の負担金等の分を開発行為が終わったあとの物件の売却・賃貸の価格に上乗せが可能であり、反面本件指導要綱に従わないと、開発が事実上難しくなり、また市や市民とのトラブルが避けられないとの見通しを持つに至ったものであり、特に専門の開発業者である山基建設のような場合と異なり、亡米久のように被控訴人市に代々住んでいるものにとっては、右のトラブルを避けたいとの気持は強かったであろうこと、かくして昭和五二年八月ころまでには、本件指導要綱は一般市民及び事業主の間に定着したと評価されるに至ったこと等の事情が認められ、他にこれを左右するだけの的確な証拠はない。

3  以上のように、本件指導要綱は、その規定の体裁、内容のみならず、一〇〇パーセントともいうべき教育施設負担金の納付等運用の実態にも全く問題がないとはいえないにしても、給水等の制限措置は規定上も当然に発動されるわけではなく、強制によるものでなく、任意に教育施設のためにとの目的をもって拠出された金員を、その趣旨に従って、右施設の整備に充てること、そのこと自体は違法とはいえないし、本件指導要綱制定に至る背景、制定の手続、被控訴人市が当面していた問題等も考慮すると、右指導要綱とそれに関する制度そのものが当然に違法とまではいえず、したがって、被控訴人が亡米久から、教育施設負担金の納付を受けたこと、または被控訴人が亡米久に対し、これを納付するよう行政指導したことが、当然に公権力の違法な行使に当たるとは認められない。

4  そこで、進んで本件の場合の行政指導の具体的な実状、その違法性の有無について検討する。

(一)  前記認定(特に原判決理由第二項1の(一)ないし(五)、同2の(七))、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 亡米久ら四名は、本件建物の建築設計を新建築事務所に、本件指導要綱に関連する被控訴人市との折衝等を右事務所の代表者倉内に、それぞれ委託した(以上の事実は当事者間に争いがない。)。右事務所は、これまで武蔵野市において、本件指導要綱の適用のある開発行為について、同様の委託を一〇数件受け、倉内らは、その手続等を熟知しており、教育施設負担金条項及びその運用の実状についても承知していた。

(2) 倉内は、新建築事務所の職員であった鈴木和一とともに前記手続を進め、昭和五二年八月一日までに所定の協議を済ませたが、被控訴人市の関係部課との協議には、右倉内が出席し、その際企画関係の部課から、「教育施設に関する寄付金について御協力下さい。」と要請され、また、その際提出した事業計画書には、教育施設の寄付金として一五、二二二、〇〇〇円(一万円少なく記載)と記載されていた。なお、右各協議の席で、倉内らから、教育施設負担金の減免等について要望が出されたことはなかったし、その他右協議の過程で、その点について記録にとどめるような異議が出されたこともなかった。その後同月五日に、亡米久ら四名は、本件指導要綱に従って、本件寄付願を添付した事業計画承認願を、被控訴人宛提出し、本件寄付の意思表示をしたところ、右書類は即日受理され、その後同年九月一九日、被控訴人は右事業計画を承認する旨通知し、同時に右寄付について承諾し、亡米久は被控訴人に対して、同年一一月二日寄付金一五二三万二〇〇〇円を納付した(同年八月五日以降の事実は当事者間に争いがない。)。

(3) もっとも、亡米久は、これまで毎年多額の税金を納付し、本件建物を建築するに当たっても、土地の一部を拠出する上、更に高額の教育施設負担金を支払うことについては不満であり、本件指導要綱の求めているところを説明した鈴木和一に対し、被控訴人市とその減免の交渉をすることも依頼した。鈴木は前記協議前の高橋との折衝の際、その話を持ち出しはしたが、高橋からは、承諾の返事は貰えなかった。更に、倉内と亡米久とは、寄付金の納付期限を過ぎた同年一〇月二六日市役所に出向き、中島と会って、教育施設負担金の減免、分納を申し出たが、同人から前例がないとして、丁重にことわられ、特にその場で押し問答等が交わされることもなく、右話し合いはごく短い時間で終了した。亡米久自身、被控訴人市の農業委員も務め、市の職員等との折衝にも慣れていたと思われるにも拘らず、被控訴人との交渉の前後を通し、亡米久の側で、被控訴人側に対し、教育施設負担金について直接その問題点を指摘してその納付を拒むとか、長時間にわたり意見を述べ、その額が高額に過ぎるとして、その減免を強く要求するということもなかった。一方、被控訴人の側でも、給水等の制限措置について、その発動をほのめかしたり、その他強制にわたる言動はなく、高橋らとしては、他の事業主と比較し、亡米久の教育施設負担金についての不満は、金銭の出捐についての一般的な不満以上のものではないように感じていた。

(二)(1)  《証拠省略》中には、教育施設負担金の納付については納得することができず、強くその減免を求め、長時間交渉したとか、高橋や中島において、教育施設負担金の納付を拒んだ場合には、給水等の制限措置が発動される旨話したなどと述べる部分があるが、教育施設負担金についての不満は、後記のとおり、本件指導要綱中の右負担金に関する条項が改正されたことに対する不公平感が、これを増幅していると推認されるし、また、新建築事務所は本件指導要綱の規定、内容、その運用の実情について熟知していたことは前認定のとおりであるところ、難しいと認識していた右負担金の減免について、果たしてその証言のように熱心に交渉したか疑問であるし、前記認定及び前掲各証拠と対比して、右各供述はにわかに措信できず、他に右(一)の(1)ないし(3)の認定を左右するだけの証拠はない。また、原審における承継前の控訴人高橋米久本人尋問の結果中には、教育施設負担金の納付が遅れたため、被控訴人の助役が督促に来たとの趣旨の供述もあるが、当審証人藤元政信の証言と対比して措信できない。

(2) もっとも、前認定(原判決理由第二項2の(六))のとおり、昭和五〇年には山基建設が工事用の水道を止められる事件が起こり、その後山基建設をめぐる問題が次々と生じ、被控訴人市長の強硬方針が実施されるなどしたが、その事実は倉内は勿論、亡米久らも充分承知していたであろうし、一方本件建物を翌昭和五三年三月までに完成させたいとの亡米久の希望(原判決理由第二項1の(四))にも拘らず、教育施設負担金の納付をめぐって問題が生ずると、少なくとも建物の完成が延びたかもしれないことも容易に推測され、そのことと亡米久が教育施設負担金を納付したことが関連していることも、前認定(原判決理由第二項2の(七))のとおりである。しかし、亡米久の右交渉に赴いた当時の内心の意図はともあれ、前認定(前記(一)の(3))によると、納付前の交渉は免除だけではなく、減額、延分納まで含んだものであったし、亡米久自身が交渉に出向いたのも一回限りで、中島との短時間の話し合いで引き揚げ、その後間もなく教育施設負担金を納付しているのである。しかも、前認定(原判決理由第二項1の(五))及び原審証人倉内成彬の証言及び弁論の全趣旨によると、本訴訟が提起されたのは、右納付後間もなく、教育施設負担金条項が廃止されることが公表され、亡米久がこれに強い不満を抱いたからであることが認められ、納付時の心境として、進んで納めたとまではいえないとしても、これまでにも本件指導要綱に従って、山基建設を除く事業主全員が納付したことも話され、また長く武蔵野市に居住し、本件指導要綱の意義も承知していたので、その時点では一応納得して教育施設負担金を納付したのではないかと窺えるし、少なくとも、被控訴人側の限度を越えた行政指導があったから、これを納めたものとは認められないのである。

(三)  してみると、前記のとおり、本件指導要綱が問題を含んだものであること、その実施の状況、山基建設と被控訴人との紛争が亡米久の意思に影響を与えたであろうこと等を考慮しても、いまだ、被控訴人市の職員、中島、高橋らの亡米久に対する本件建物建築についての教育施設負担金をめぐる具体的な行政指導が、その限界を越えた違法なものであると認めることはできないというべきである。

5  そうだとすると、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人らの予備的請求は理由がなく、これを棄却すべきである。

三  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、また、当審における新たな請求は理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木經夫 山崎宏征 裁判長裁判官大西勝也は転官につき署名捺印できない。裁判官 鈴木經夫)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例